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本遠寺(身延町) [山梨県]

次なる目的地は、身延町にある日蓮宗の本遠寺(ほんのんじ)。JR身延駅前から身延橋で富士川を渡り、対岸に所在する大野の集落に寺はある。ここは身延山にほど近いエリアだ。この寺の本堂は近世初頭のものだが、関東では珍しい檜皮葺の大堂で、重文指定を受けているということで、行ってみた。

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本遠寺は、徳川家康の側室で、紀州徳川家の初代である徳川頼宣、水戸徳川家の祖である徳川頼房らを生んだお万の方ゆかりの寺である。
開山は日遠。彼はもともと身延山の22世貫主であったが、慶長宗論で徳川家康の怒りに触れ、処刑されそうになった。しかし、日遠に帰依していたお万のとりなしで赦免はされたものの、日遠は身延山を下り、大野に隠遁生活をすることとなった。お万は、子の頼宣や頼房に命じて隠居地に堂宇・伽藍を寄進させた。これが本遠寺となった。
なお、日遠、お万の墓所は当寺にある。

◆ ◇ ◆ ◇

駐車場は見当たらなかった。
そこで境内に駐車。
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こちらは本坊か?棟瓦が銅板で覆われており、その錆が何とも言えない味を出している。
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こちらが重要文化財の本堂。
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とても規模大きく、立派だ。
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建立は慶安3年(1650年)で、江戸時代初期のものだが、身延地方では古い方だ。
江戸初期のこの地方の寺社建築を伝える唯一の作例である。

屋根は従来瓦葺であったらしい。
近年の保存修理の際に、往古の檜皮葺へ改められたようで、非常に落ち着きのある美しい建物だ。
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それでは細部を見てみよう。

向拝(ごはい)。
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ここにかかる鰐口(わにぐち)には、この堂の建立年の「慶安三年」の文字が見える。
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なお、向かって右側に刻まれた文字にこんなのが見える。
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紐で見えないが、先頭の文字はどうやら「甲」らしい。

すなわち
摩郡大野山本遠寺本堂」
と刻まれている。

「甲州巨摩郡」としたかったのか。このあべこべな配列が謎であり、興味を惹かれる。
何か意味があるのだろうか。
それとももしかして誤植?

鰐口も結構貴重な史料となる場合が多いので、今後注目していきたい。

扁額は山号を刻む。
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垂木。
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垂木と木鼻。
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横から。やはり板木の壁である。
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鬼瓦。懸魚。
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木鼻。
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なお、本堂の傍らにある、こちらの鐘楼堂も同じく重要文化財である。
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こちらは逆光で撮影が厳しかった。
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順光側に回ると草木の陰になってしまう。
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大きなクスノキ。
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こちらは子院(塔頭)の良円寺。
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鎮守さまであろうか。「五社神社」とある。
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そして仁王門。
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いやぁ、山梨県は侮れない。
なかなか優れた古建築がこんなにあるとは。
近世期のものでも、まだまだ優れた建築がありそうなので、山梨へはまだまだ通わなければならない。

でも、今回は2件だけかぁ・・・

高速代に比べると、コスパ悪いなぁ・・・
もっと回りたかったが、帰りの中央道の渋滞を考慮して早めに引き上げなければならなかったのが残念。

そもそも久々のオフで朝がゆっくりだったから出遅れたのが原因。

もっと早起きしていれば・・・

★ ☆ ★ ☆
おまけ1

帰り道は富士川町の「かじかの湯」へ。
とても綺麗な施設でびっくりした。
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お風呂に入って、天ざるそばを食べて、ひと眠りして帰る。

★ ☆ ★ ☆
おまけ2

カーキャリアで販売店へ向かうのか、新車のシャトル。新しい車いいなぁー
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(おわり)
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