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秩父地方に行ってきた2(定峰峠と秩父神社) [埼玉県]

さて、慈光寺の見学を終えた私たちはいよいよここから山を越えて、秩父へ向かいます。秩父へ向かう道は、いったん小川町の方へ出て、東秩父村を通り定峰峠という峠道を越えていきます。途中の道は、いずれも幅員1.5車線くらいの狭い道です(途中、離合ができるようなスペースは随所に設けられていますが)。私の車だとあまり楽に走ることはできないので、対向車に気を付けながら、慎重にハンドルを切ります。

意外と交通量があり、特に目立ったのはバイクでした。ツーリングの人が通るようです。ちょうどお昼時であったので、定峰峠の頂上付近にある鬼うどんといううどん屋さんに入りました。わりと車がいっぱいでしたが、お店の前に一つだけ空いていたスペースに車を止めます。

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秩父地方に行ってきた1(慈光寺の歴史と信仰) [埼玉県]

東京の都心から約60kmほど西北、関東山地の中の盆地に位置する秩父地方は秩父霊場に夜祭、黒谷和銅遺跡、長瀞渓谷、宝登山、三峰神社、秩父神社、秩父事件の旧跡などなど、興味を刺激するものが多くあり、昔から一度は行ってみたいと思っていました。そこで休日に友達を誘って自宅から秩父へ向かい出発しました。

普通、自動車で行く場合の秩父の玄関口は関越自動車道の花園インター(埼玉県深谷市)ですが、今回はその手前の嵐山小川インターで降りて、まずときがわ町の慈光寺を見学することにしました。慈光寺は埼玉県比企郡ときがわ町(旧都幾川村)西平(にしたいら)にある天台宗の寺院で、正式には都幾山慈光寺といいます。ときがわ町は比企郡に属します。比企地方は秩父とは山を挟んで東側に位置する地域です。

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房総半島へ行ってきた3(猟島と館山市沖ノ島) [千葉県]

鋸南町にはもう一つ有名な史跡があります。それは勝山集落の近くにある竜島にある頼朝上陸の碑です。治承4年(1180)8月、伊豆で挙兵した源頼朝は、現地の目代であった山木兼隆を討つことには成功しますが、その後、石橋山で平家方の大庭景親に敗れ、散り散りとなって真鶴から船で脱出します。頼朝は『吾妻鏡』によれば「猟島」に上陸したとされていますが、この「猟島」が現在の竜島であろうとされ、現在ここに碑があるわけです。

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頼朝はこの地、房総でたくさんの味方を得て、再起し、今度は陸路で再び相模に向かいます。房総の武士団と武蔵の武士団を次々と味方にした頼朝は10月には鎌倉に入り、やがて鎌倉幕府の基盤づくりを進めていくことになるわけです。

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房総半島へ行ってきた2(保田妙本寺) [千葉県]

海鮮丼を食べた僕らは、道の駅に車を止めさせてもらい、歩き出します。
鋸南町は現在安房郡を構成する唯一の町となっています。房総半島の南部は近年の市町村合併で、だいたい鴨川と南房総にまとまってしまいました。鋸南町自体は小さな町で、海沿いにある保田と勝山という二つの集落が中心で、あとは内陸に向かって山間部となっているだけです。
さて、その鋸南町にはいくつか見てみたい寺社・史跡があるのですが、その一つが保田の吉浜にある妙本寺です。普通「保田妙本寺」や「吉浜妙本寺」という名で知られています。

ここが妙本寺の入り口です。
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房総半島へ行ってきた1(東京湾アクアライン~道の駅きょなん) [千葉県]

ふとしたきっかけで仲間たちと千葉県に住んでいる友達の家を訪ねながら、ついでにドライブをしようということになりました。ところが途中で千葉に住んでいる友達が急に体調が悪いということで、目的がなくなり、ただ単に房総をドライブするだけになってしまいました。そこで、急きょ、私の意向で趣味の史跡見学を兼ねさせてもらうことにしました。
この日は私の車ではなく、友達の車で行くことになったため、出発地は鎌倉となりました。鎌倉市内から東京湾を挟んで三浦半島の対岸の房総半島へ向かうわけですが、東京を経ないルートとなると久里浜からフェリーか、東京湾アクアラインを経由することになります。フェリーはかつて乗ったことがあるので、今回はまだ走ったことがない東京湾アクアラインを走ってみることにしました。

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横浜横須賀道路から分岐し、まずは湾岸線を走ります。

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