So-net無料ブログ作成
検索選択
千葉県 ブログトップ
前の6件 | -

成田空港へ行ってきた2 [千葉県]

前回の続き。
そう言えば、むかし学校では成田空港のことを「新東京国際空港」と習いましたが、このたび民営化され、「成田国際空港」が正式な名称となりました。
成田空港は建設の経緯から暗いイメージがありますが、旅客数と貨物の取り扱い量からすでに日本の玄関と言っていいでしょうね。
さらに「遠くて不便」というイメージが定着していますが、大都市の大空港って言うのは、どの都市もだいたい中心部から成田くらいの距離に立地しているもんだと思いますがね。
named2.JPG

続きを読む


成田空港に行ってきた1 [千葉県]

もうだいぶ前のことですが、飛行機ウォッチングをしに成田空港へ行ってきました。成田行きは以前から計画していたのですが、予定していた日に雨が降ったので、この日に順延になっていたのです。
最寄りのランプから首都高速に乗り、船橋で友達をピックアップし、東関東自動車道を使って一路、成田へ向かいます。検問所などを通って、友達が知っているスポットでカメラを構えました。

named.JPG

続きを読む


房総半島へ行ってきた3(猟島と館山市沖ノ島) [千葉県]

鋸南町にはもう一つ有名な史跡があります。それは勝山集落の近くにある竜島にある頼朝上陸の碑です。治承4年(1180)8月、伊豆で挙兵した源頼朝は、現地の目代であった山木兼隆を討つことには成功しますが、その後、石橋山で平家方の大庭景親に敗れ、散り散りとなって真鶴から船で脱出します。頼朝は『吾妻鏡』によれば「猟島」に上陸したとされていますが、この「猟島」が現在の竜島であろうとされ、現在ここに碑があるわけです。

IMG_5288.JPG

頼朝はこの地、房総でたくさんの味方を得て、再起し、今度は陸路で再び相模に向かいます。房総の武士団と武蔵の武士団を次々と味方にした頼朝は10月には鎌倉に入り、やがて鎌倉幕府の基盤づくりを進めていくことになるわけです。

続きを読む


房総半島へ行ってきた2(保田妙本寺) [千葉県]

海鮮丼を食べた僕らは、道の駅に車を止めさせてもらい、歩き出します。
鋸南町は現在安房郡を構成する唯一の町となっています。房総半島の南部は近年の市町村合併で、だいたい鴨川と南房総にまとまってしまいました。鋸南町自体は小さな町で、海沿いにある保田と勝山という二つの集落が中心で、あとは内陸に向かって山間部となっているだけです。
さて、その鋸南町にはいくつか見てみたい寺社・史跡があるのですが、その一つが保田の吉浜にある妙本寺です。普通「保田妙本寺」や「吉浜妙本寺」という名で知られています。

ここが妙本寺の入り口です。
IMG_5266.JPG

続きを読む


房総半島へ行ってきた1(東京湾アクアライン~道の駅きょなん) [千葉県]

ふとしたきっかけで仲間たちと千葉県に住んでいる友達の家を訪ねながら、ついでにドライブをしようということになりました。ところが途中で千葉に住んでいる友達が急に体調が悪いということで、目的がなくなり、ただ単に房総をドライブするだけになってしまいました。そこで、急きょ、私の意向で趣味の史跡見学を兼ねさせてもらうことにしました。
この日は私の車ではなく、友達の車で行くことになったため、出発地は鎌倉となりました。鎌倉市内から東京湾を挟んで三浦半島の対岸の房総半島へ向かうわけですが、東京を経ないルートとなると久里浜からフェリーか、東京湾アクアラインを経由することになります。フェリーはかつて乗ったことがあるので、今回はまだ走ったことがない東京湾アクアラインを走ってみることにしました。

IMG_5255.JPG
横浜横須賀道路から分岐し、まずは湾岸線を走ります。

続きを読む


宗吾霊堂へ行ってきた4 [千葉県]

<ここまで>
宗吾霊堂へ行ってきた1
宗吾霊堂へ行ってきた2
宗吾霊堂へ行ってきた3

6時までは東京へ戻らなければならなかったので、宗吾霊堂を見た後は、宗吾参道駅へ戻り、京成線で帰りました。くたびれていたのですが、やってきた上野行きの特急はいっぱいで座れませんでした。
そこで京成佐倉で待っていた西馬込行きの快速電車に乗り換えることにしました。

こちらはガラガラで、すぐに座れました。
この電車は京成津田沼まで各駅停車なのですが、どうせ帰り道は居眠りしてますし、その上、都営浅草線に直通するため、押上に出てくれます。
押上で半蔵門線に乗り換えられるので、歴博の帰り道はいつもこの手段で帰ってきます(快速はだいたい京成佐倉から1時間に3本くらいの割合で出ています)。

押上で乗り換え時、ちょっと出てみて、これを見てきました。
DSC_0033.JPG

続きを読む


前の6件 | - 千葉県 ブログトップ