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旧黒澤家住宅(上野村) [群馬県]

上野村に行った時に寄った旧黒澤家住宅。実は今、書き物をしていて山村の旧家について、いろいろ知りたい、というかアイディアを得たいということもあって、行ってみたのだ。
旧黒澤家住宅は、楢原という村の西部の集落にある。関東に徳川氏が入部して以降、このあたりは山中領という幕府直轄地になった。黒澤家はこの山中領の大総代として、また幕府によって設定された御林の管理人も務めた村の有力者であったという。そんな黒澤氏の旧宅がここである。

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リベンジ!村に行きたい、上野村。 [群馬県]

昨年、何となく群馬県の多野郡、上野村に行ってみたいということになって、車でドライブしたものの(ダメでした・・・村に行きたい、上野村。)、目的の温泉に行けなかったので、この夏、再びのリベンジ。
ルートは299号でまずは秩父へ。普通ならば、そこから小鹿野方面へ行き、志賀坂越えなのだが、見るものがあるので長瀞へ。埼玉・群馬県道13号(前橋長瀞線)で本庄市児玉町太駄(おおだ)の集落で、埼玉県道44号(秩父児玉線)に乗り換え、本庄市児玉町金屋で国道462号へ抜けるというルートを辿った。
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ダメでした・・・村に行きたい、上野村。 [群馬県]

何となく村に行きたい!ということになって、前から気になっていた群馬県多野郡上野村へ行くことに。
目的は、村に行くこと。そして、温泉に入ること。
しかし、住んでいる埼玉県に隣接している村とは言え、その行程はかなり長い。
一般道で行くなら、まず、国道299号で正丸峠を越え、秩父へ。そして、秩父から小鹿野を通って、志賀坂峠を越え、群馬県の神流町を通って行く。
早めに行きたいところだが・・・当日の朝、完全に出遅れた。まず、布団のなかでウダウダし、悠長に朝食を食べ、それから出発したので、そもそも出たのが9時。しかも、地元のホームセンターで買い物をして、狭山を10時に出るという失態。
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碓氷峠を越えた人びと [群馬県]

秋は連休がたくさんあっていい感じです。ですが、相変わらず仕事が忙しく…って感じですが。しかし、せっかくの連休、どこにも行かないのは難なので、風呂敷残業を覚悟で、出かけることにしました。

行き先は、たまには北関東でってことで、群馬県でかねがね行きたいところをピックアップ。迦葉山と、碓氷峠で迷いましたが、いろいろ考えた結果、碓氷峠にすることに。
というわけで、さっそく車で関越・上信越と乗り継ぎます。

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両毛へ行ってきた3(徳川の満徳寺) [群馬県]

続いて世良田の長楽寺から車で5分ほどの徳川地区へ向かいました。徳川(本来は得川)と言う地名はもちろん徳川家康が祖先にしちゃった言わば名字の地なのですが、私の中で素朴な疑問が。新田義重の子、義季は世良田に住んだので世良田氏を名乗っています。そうすると、徳川という名字は一体どこから来たのでしょうか・・・?
ここのところ今でも私はよくわからないのです。世良田義季を祖先にしたら、世良田家康になっちゃいますが・・・
それはともかくこの徳川には、徳川氏由来の地というだけでなく、もう一つ面白いものがあります。
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両毛に行ってきた2(世良田東照宮・長楽寺) [群馬県]

新田荘歴史資料館から歴史公園内を歩いていくと、世良田(せらだ)東照宮があります。江戸幕府を開いた徳川家康は、もともとは三河国の岡崎の生まれで松平姓だったのですが、桶狭間の戦いを経て、信長と同盟中の永禄9年(1567)に徳川と改姓します。徳川(もとは得川)姓は先の新田庄の新田義重の四男義季に始まる一族で、家康は自分はこの一族の血をひいている・・・ということにして、新田流の源氏を自称するのでした。
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